『子ども支援の実践報告会~活躍する卒業生の話を聞こう~』のご報告
様々な子ども支援の現場で働く若い卒業生三人をお招きして、
専門家として子どもと向き合うなかで見えてきた問題について語って頂いた。
1.新人として看護師・保健師の立場から見てきたもの、見えてきたもの
千田 小百合 氏
本学看護学部看護学科を平成20年に卒業、県立こども病院看護師として3年間勤務したのち、今年4月から日立市保健センター保健師として勤務している。
子ども病院では新生児科に勤務していたが、出産後すぐに子どもが入院したため子どもへの愛情・親としての自信がうまく育たないケースを目にしてきた。新生児科の看護師として、抱っこや授乳など具体的に子どもと関わるなかで、赤ちゃんにとって親が一番大事、子どもの命を支えるのは親なのだ、ということを伝え、親としての自覚・自信が育つようお手伝いしてきた。そのように病院でサポートしても、退院後、うまく親子関係が築けず家庭生活を順調に営んでいけない例もあった。現在は保健師として、家庭の育児をサポートする仕事をしている。親としてがんばっていることを認め、子どもの成長を共に喜ぶことで、子どもの育ちについての悩みを話してもらえる関係をつくるように心掛けている。関係機関・専門家との橋渡しをするだけでなく、孤立しがちな育児中の母親が、顔を見て声で話せる人間関係を作れるよう、親子の集う場や育児に関するサービスの情報を、相手に合わせて適切に提供することも保健師の大切な仕事と考えている。
2.安心して育つことのできる保育・楽しく過ごせる保育をめざして
貴志 梓 氏
本学文学部児童教育学科児童教育専攻を平成18年に卒業、在学中に保育士試験を受験し保育士資格を取得、ひたちなか市の公立幼稚園で3年間教諭として勤務した後、日立市の公立保育園に保育士として勤務して3年目になる。
幼稚園と保育園、二つの幼児期の育ちを支える施設に勤務して、子どもが仲間とともに楽しく過ごすなかで、健やかに育つ安心できる環境を作れるよう努めてきた。
入園した段階で、生まれ持ったものか、育ってきた環境によるものかはわからなくても、保育士として、気になる子どもがいる。話しかけても視線が合わなかったり、常にくるくる回っていたり、みんなのいる教室に入ることができなかったり、現れ方は様々だが、まず、その子の行動をよく見て、ありのままの姿を、ひとりの子どもとして理解するようにしている。絵カードを使って指示が伝わるよう工夫する、「走らないで」と否定的に言うのではなく「歩こうね」と肯定的なことば使いを心掛ける、できたことを具体的な形で見えるように喜び認めるなど、「気になる」子どもたちに働きかけ、伝える工夫が、保育士として子どもに接する術を教えてくれた。
取り立てて問題のないと思われる子どもでも、今は同年代の子どもとかかわる機会が少ないまま育っているので、幼い子の集団生活では叩く・引っ掻く・かみつくなどのトラブルが起こりやすい。けんかをするなかで、友達がいやだと感じるのは何か解り、自分もいやだと思うことを「やらないで」と言える、気持ちをことばで伝えるコミュニケーションの力を育てるように接している。その上で、友達と楽しくすごすため、自分の思いが通らない我慢の経験も大切にしたい。食事や早寝早起きなどの基本的生活習慣も、現代の大人の「都合」を反映して、乱れている子どももいるが、保育園での生活の中で子どもに具体的に根気強く働きかけるとともに、保育士の姿勢を保護者にも受け入れてもらえるよう、話し方を工夫している。
就職した頃は、園で絵本を読むのは静かにすごさせるためであったり、何か知識を与えるためであったり、毎日違う本を読まなければならないように思っていた。しかし、子どもがしっかり受け止める少数の本を繰り返し読んでいくと、一歳児であっても、共に暮らしている子どもたちがお互いに影響し合って、味わい方が深まり広まっていくことに気づいた。喧嘩したり、我慢しなければならなかったりしても、一緒に過ごすことで育っていくものがあると実感した経験だった。
3.児童養護施設における家庭支援
佐藤 大 氏
平成15年に、本学生活科学部人間福祉学科第一期生として卒業、高萩市にある同仁会子どもホームで、家庭支援専門相談員として働いて8年になる。
現在、児童養護施設に入所している子どもたちの9割には生みの親がある。困窮や病気などさまざまな家庭の事情から親元では暮らせない子どもたちが施設で育っている。家庭支援専門相談員は、このような子どもたちの家族への思いを受け止めながら、親が親として安定した役割を果たせるように、児童相談所などの関係諸機関や社会と親をつないで、子どもの育つ場としての家庭を支える仕事といえる。
それぞれの子ども・家庭の事情は様々であるが、具体的に子どもが入所するに至った理由が育児放棄や虐待であったとしても、親がそのような行動に及んだ背景には、社会的な孤立や親自身の生育環境の問題や貧困など現代社会の問題が極限的な形で現れている場合が多い。
具体的に親と面談したり手紙・電話でやりとりしたり、家庭訪問したりしながら親を支えていこうとするとき、親の行為は非難されるべきものであっても、親が加害者で子が被害者という視点では、親を理解することはできない。子どもとの関係を築きなおすことができるよう、施設で暮らしている子どもの様子を伝え、子どもとのかかわり方を示唆し、親のストレスを受け止めながら、時間をかけて親自身が安定した社会的生活を送れるようサポートしていく忍耐力が必要になる。このように子どもが親元に戻れることを願って働きながらも、子どもは日々育っているので、親の状況が改善されないままでも、健やかに育っていける環境を整えなければならないところに、もう一つの難しさがある。
以上のように、三人の卒業生のお話は、今の子どもの状況を照らし出す貴重な子ども支援の実践報告であった。
今回、文・生・看三学部の卒業生にお話いただくことで、社会として子ども支援の体制をどのように整えていくべきか、考える機会となったと思う。
大学の教員は、自分の専門を通して社会の在り方を考えることはあっても、異なる領域の実践に触れる機会は少ない。他学部の卒業生の若々しい熱意にあふれる実践を知り、我々も一人の社会人として何ができるか振り返らずにはいられなかった。
三人は、それぞれが別の立場で職業として子どもに関わっておられるが、子どもの健やかな育ちを支えるためには、親が親としての自覚をもてるような親の安定と社会的な支えが必要であるという認識には、相通じるものがあった。
「共に生きる」学園で、学んだ卒業生が、共に生きる社会を築くために、それぞれの場で懸命に働き、社会人として成長している姿をみせてもらえ、教師冥利に尽きる思いだった。
(茨城キリスト教大学文学部児童教育学科・子ども未来研究所所長 原口 なおみ)

